灘の蔵元巡り
山田錦倶楽部の主宰者、JAみのり代表理事組合長神戸秀典が、山田錦の育ての親である灘の蔵元のお話をお伺いいたします。
第4回
大関株式会社

常務取締役総合研究所長
    兼 商品開発部担当
農学博士 
熊谷知栄子氏


所在地:〒663-8227 西宮市今津出在家町4番9号
電話:0798-32-2111(代表)
HP: http://www.ozeki.co.jp/

上:熊谷知栄子常務
右:大関本社(大関HPから)






 品質本意の酒造りに徹し、お客様満足を第一に考え、「魁(サキガケ)の精神」に基づいて常に新しい酒、新しい技術にチャレンジし、お酒を通して「楽しい暮しの大関」をモットーに豊かな生活価値を暮しの中に実現する。
 一方、地球市民 の一員であることを自覚し、環境保全対策に取組み、より良い環境作りに積極的に貢献し、その責任を果たす。永年培ってきた酒造りの技術と斬新な発想により、1世紀の「環境・健康・安全」を視野に入れたおいしい商品をお届けし、より潤いのある暮しのあり方を提案します。
(大関株式会社HP「社長ごあいさつ」から抜粋)


●他に先がけて灯台を作りワンカップを普及させた「魁の精神」

神戸組合長
神戸組合長(以下神戸):今日は酵母や吟醸造りの研究で、日本酒業界でも有名な熊谷常務、と言うより熊谷先生とお話をさせていただきます。大関さんは大手酒造メーカーが集中している灘五郷の中でも一番東の、今津郷(いまづごう)にありますが、ご創業は確か1700年頃ですね。

熊谷常務(以下熊谷):はい、大関株式会社は、正徳元年(1711年)に初代大坂屋長兵衛が酒造業を始めて以来、約290年の歴史がございます。江戸時代、灘酒は「下り酒」といい珍重され、樽廻船により江戸へ海上輸送されていました。

今津灯台
(大関HPから)
5代目大坂屋長兵衛はこの樽廻船や漁船の海路安全を願い私費を投じて今津港頭に灯台を建設しています。この灯台は昭和43年に大関酒造今津灯台として海上保安庁より、航路標識として正式に認められました。

熊谷常務
昭和10年(1935年)に改組して株式会社長部文治郎商店となり、昭和37年(1962年)に社名を変更し、大関酒造株式会社となりました。そして平成3年に現在の大関株式会社に再度社名変更をして今日に至っております。


ワンカップ大関
(大関HPから)

神戸組合長:大関さんと言えば容器がグラスを兼ねた「ワンカップ大関」で一世を風靡し、また他社に先がけ「はこのさけ」を出すなど、常に時代を先取りして来た酒造メーカーだとのイメージがありますね。

熊谷:皆様によく知られている「ワンカップ大関」は昭和39年(1964年)に出しまして、昭和51年(1976年)には「はこのさけ」のテスト販売を始めています。社を挙げて「魁(サキガケ)の精神」に基づいて常に新しい商品を世に送り出すことを心がけております。私も総合研究所長兼商品開発部担当として、この伝統に恥じないよう心がけております。


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