●経営を統合しながら別ブランドで独自の展開
橋本社長(以下、橋本):昨日、八戸にお着きになりましたが、長旅のお疲れはとれましたでしょうか。
神戸組合長(以下神戸):ありがとうございます。おかげさまでぐっすり眠ることができました。八戸の街は新幹線が開通しずいぶんと賑わっているようで驚きました。
早速ですが八鶴さんの歴史をお聞かせ下さい。
橋本:私どもの蔵は天明6年(1786年)の創業となっておりますが、これはこの地にあった酒屋(酒蔵)を譲ってもらった、言うならば「居抜き」でそっくり買って始めた年でして、それ以前のことは資料が残っておらず分からない為、それからの歴史と言うことになります。
昔は全国どこでも集落や地域ごとに酒屋があったものですが、それが先の戦争の時に国策で酒屋の合同が進められて、それでもこの地には30軒近くの酒屋がありました。
その頃に今日の八戸酒類ができたわけです。
戦後自由になったとき全国の多くの蔵が、元の個々の酒屋に戻ったのですが、八戸酒類の場合は、それなりに良いところがあったんだと思いますが、昭和18年に合同したかたちで今日までそのまま残ったわけです。
神戸:それで橋本社長が全体を統括するかたちで、元々の各お蔵元の御当主がそれぞれ工場長と言うかたちで続けられているわけですね。
橋本:現在私どもの八戸酒類株式会社としては、「稲川」「男山」「花開」「菊駒」そして「八鶴」のブランドがあります。
当初は当主がそれぞれを代表する工場長をやったわけですが、時代が変わるなかで適材適所と言いますか、各蔵の係累の方や関係者も含めて適任者を充てるようになり、一般の会社と同じく役員会で代表者を決めております。 |