灘の蔵元巡り
山田錦倶楽部の主宰者、JAみのり代表理事組合長神戸秀典が、山田錦で高級酒を造る全国の蔵元のお話をお伺いいたします。
第12回諏訪酒造株式会社
代表取締役社長 南條倫夫氏
    
所在地:〒689-1402
鳥取県八頭郡智頭町大字智頭451
電話0858-75-0618 Fax.0858-75-3082

南條社長

諏訪酒造外観
 
                   「天のない酒造り」
 尾瀬あきらさんの漫画「夏子の酒」の最終回に登場する言葉「天のない酒造り」は前杜氏(現顧問)の鳴川喜三が尾瀬さんに提供した言葉として、日本酒と「夏子の酒」のファンには広く知られています。
 作中では、名杜氏山田信助がなくなる2,3日前に草壁新杜氏へ書き贈った「龍錦醸造心得」という書きつけの最初の項に書かれた言葉として使われています。
 草壁新杜氏への酒造りの心構えとして贈られている言葉ですが、この言葉は鳴川顧問が色紙を頼まれると書いていたものです。また、鳴川顧問の口癖のようになっていた言葉に「毎年が1年生じゃ」という言葉もあります。
 この二つの言葉は今でも酒造りの心構えとして蔵人の心に生き続けています。
(諏訪酒造会社案内より)

●杉に囲まれ昔ながらの豊かな自然のなかで仕込みを続ける
南條社長
神戸組合長(以下神戸):兵庫県から山越えをして参りましたが、こちらの智頭(ちず)町は昔ながらの古い街並みを残していますね。

南條社長(以下南條):表の通りに「智頭宿」と言う看板があちこちに出ているのをご覧になったかも知れませんが、ここは宿場町だったんです。鳥取の殿さんが参勤交代でここから上方に行かれたんです。
鳥取まで32kmですから一日行程です。街の中には本陣や侍の泊まるところがあったんです。
世の中の近代化が進む中でも、これと言って開発されることもなかったんで、今となっては逆に古いものが残っているのが、町のセールスポイントとなっています。

神戸:林業の盛んな町だと聞いていますが。

南條:そうです。藩政時代に植林が推奨され、良い杉材があったんで、明治以降は木材の町として栄えました。
大正から昭和にかけて10年も掛けて作られた石谷家と言う立派な屋敷もあって、財団法人にして文化財として一般に公開されています。
こんな動きにうちも便乗して店内を改装したんです。事務所を2階に上げてお客さんが見えたときに対応できるようにしたんです。

智頭の街並み
神戸:先ほどこちらのお蔵を捜して車で街の中を移動して来ましたが、杉玉があちらこちらの家の軒先に吊るしてありました。
蔵元さんだらけの町のはずはないし、あれは・・・

南條:うちの軒先に下がっている杉玉について聞かれたんで、造り酒屋に新酒が出来たことの合図なんだとお教えしたら、杉の町だから良いのでは言うことになり、個人個人が思いのままに手作りの杉玉を下げるようになり、結果として町中が杉玉だらけになりました。

神戸:さっきはどれが諏訪泉さんのお蔵なのか分からず焦りました。まるでアリババと盗賊の関係になりましたね。

南條:これくらいの大きさの町だと、普通は何軒もの蔵元があるものなんですが、この町ではうちだけなんです。
神戸:「諏訪泉」さんの名前の由来はどこからですか。

南條:私どもの蔵の裏にこの町の氏神様の諏訪神社があります。私どもの蔵の名前はそこから貰ったものです。
全国にある諏訪神社のひとつで、ここでも7年に1回、「御柱(おんばしら)」祭りをやります。
長野の諏訪神社とは違い柱も小さく、危険性は少ないんですが、それでも過疎が進むにつれ、担ぎ手の確保が課題になってきました。
私どもの創業 は1859年(安政6年)です。それまでは旅館「梶屋」を営んでいましたが、酒屋の権利を得て造り酒屋となり、県下でも古い蔵のひとつといわれています。
なにしろ自然環境が豊かで水が良いところで、いまだにすぐ裏にある井戸で組み上げてほとんどそのまま酒造りに使っている程です。


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