●東京の酒問屋が恵まれた自然環境のなかで地元の蔵を引き継いで造る
神戸組合長(以下神戸):東北新幹線を那須塩原で降りて、こちらには車で参りましたが、このあたりは景色が穏やかで良い所ですね。扇状地なんですかね。
尾崎社長(以下尾崎):そうです那珂川など、那須連山から流れ出る河川の扇状地ですね。
私どもの蔵のあるこの湯津上村は人口約5600人の過疎の村です。普通、村と言うと山々を思い起こされる方が多いようですが、ここは別に険しいところはまったくありません。
数年前に那珂川で水害がありましたがこれは天災と言うより人災と言うべき例外で、歴史的には天災が少なく水も豊富で旱魃が無いところです。自然環境としては恵まれたところですね。
そこそこ暖かいし、そこそこ寒い。年間通して空気も綺麗ですし、農家も裕福で暮らし易いところです。
全てが中庸を得ていると言えますが、それだけに特別に秀でたもの、「ピン」が見当りません。
神戸:天鷹さんは比較的新しいお蔵元だと伺っておりますが、こちらの歴史をお聞かせください。
尾崎:うちは珍しいケースだと思います。祖父が東京で酒問屋をやっていたんですね。
その当時の取引先のひとつがこの蔵だったんです。
近所の農家が集まって酒を造っていたんですね。それが経済的に継続が困難になって、どこかにこの蔵を引き受けて欲しいとの話が持ち込まれたんです。
それで当初は尾崎商店酒造部として始めたんです。
やがて戦争が始まり、東京からこちらの方に疎開して来て、本腰を入れてやるようになった訳です。
創業は大正3年、私で3代目になります。
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| 神戸組合長 |
神戸:社名の「天鷹」と言うお名前はどんなところから付けられたんですか。
< 尾崎:初代が京都の旅館に泊まった時、天空を悠然と舞う大鷹の姿を夢に見て「天鷹」と名付けたものと聞いております。
当時は扱っていた酒のなかで、高級酒にこの「天鷹」と言う名前を付けていたようです。
このように歴史の浅い蔵で、現在は年間約2,500石の生産量です。
面白いもので祖父は自分自身酒問屋をやっていたのに、自分自身が蔵元になったら、造った酒は問屋を通さず直接小売店に売るようにしたんですね。
曰くお飲みになる方、小売の酒屋さんの声を直接聞いて、苦労して売らなければいけないとのことです。
神戸:そうすると直接運べる範囲ということになりますから、天鷹さんのお酒は基本的には栃木県内でしか飲めないと言うことなりますか。
尾崎:栃木県と言っても宇都宮以北、それに一部東京に出しています。最近では時代の流れで、インターネットのホームページを通して直接販売というものもあります。
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