●米作りから酒造りまで一貫して手がける
神戸組合長(以下神戸):本日はどうぞよろしくお願いいたします。こう言っては失礼かも知れませんが、千代の亀さんのお蔵は大変ユニークなところだと聞いていましたが、来て見て良く分かりました。
このお部屋も社長室というよりも実験室と言うか研究室ですね。
亀岡社長(以下亀岡):今日は遠いところまで来ていただき、ありがとうございます。うちは昔からの古い蔵と母屋に、このプレハブ小屋だけです。
この部屋でいろんな酵母を培養して、蔵で試行錯誤しているわけです。小さい蔵はユニークでなければ生きては行けません。
神戸:独自路線はなかなか難しく流されてしまうのが常ですが、こちらの研究室から生み出されるものが独特のお酒になるのですね。聞くところによると、お米も造られているとか。
亀岡:2町5反程作っています。主に「自主開発米みそぎ1号・2号」です。山田錦も研究用に作っていますが、とてもそちらさんからいただく、兵庫の山田錦のようには行きませんね。
それに、うちの蔵のように小規模だからこそできることだと思いますが、地元御禊(みそぎ)地区の農家8軒にお願いして、「みそぎの棚田を守る会」を結成し無農薬の酒米を作ってもらっています。
神戸:千代の亀さんはいつごろから酒造りをされているんですか。
亀岡:280年以上昔の享保初年(1716年)に亀岡久平により創業しまして、私で9代目になります。
神戸:長い歴史があるんですね。お酒はどのくらい造られていたんですか。
亀岡:今は400石ぐらい造っています。昭和30年代後半に蔵を解体した時に古い資料も処分してしまったようで、あまり残っていないのが残念なのですが、明治ごろの売掛帳によると、300石の酒を造り地元のみならず、川船で長浜まで送りそこから遠くは九州まで出荷していたようです。
それに比べて、先代の父 嘉秋(よしあき)の代は、戦中戦後の米のない時で、1年に1樽しか造れないという厳しい時代もありました。
昭和35年までは、ここ五十崎町に10軒あった蔵も、昭和45年には当社1軒になってしまいました。
当家は田畑を持ち耕作をして、穫れたお米の一部で酒造りをする。米づくりから酒造りまで一貫して手がけていましたので、米作りに理解が深かったことで最後の1軒として残ることができたんでしょうね。
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