
| 山田錦倶楽部の主宰者、JAみのり代表理事組合長神戸秀典が、山田錦で高級酒を造る全国の蔵元のお話をお伺いいたします。 |
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第6回立山酒造株式会社
代表取締役社長岡本泰明氏
所在地:〒939-1322富山県砺波市中野217番地
TEL 0763-33-3330 FAX 0763-33-3585
http://tateyamabrewing.jp/ |
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岡本社長
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 社屋外観 |
文政13年(1830年)井波町新明屋仙助が幕府より酒造株の所持を許可されたのが始まり。
明治37年には酒造石高が約2,000石で当時より県下1位の酒造石高であった(「富山県史史料編W.明治37年度酒造人名簿」による)。
明治39年諸官庁の要請により(株)中越銀行(昭和18年四行合併より北陸銀行)関連の株式会社として組織変更により現形態となる。
以後品質追求の信条の基に販売高を順調に伸長させ(約3万5千石 H13.9月末)、現在に至る。
(立山酒造株式会社のホームページ等から)
●紆余曲折の歴史から早期に近代的会社組織化
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| 屋外施設にも雪よけの屋根が |
岡本社長(以下岡本):本日は遠路、砺波(となみ)まで足をお運びいただきましてありがとうございます。
神戸組合長(以下神戸):こちらこそどうぞよろしくお願いいたします。自動車で砺波インターチェンジからこちらのお蔵元まで参ります間、水田が広がる豊かな砺波平野に、屋敷林に囲まれた家々が散在している独特の散村風景の中を走って来ました。冬の風に強さを想像しまして改めて自然の厳しさを感じました。
岡本:そうなんです。立山の歴史にもこの地域のなかでの人間の営みの一端を伺い知ることができます。
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| 岡本社長 |
神戸:それでは、自動化が進んだ新築の仕込蔵の背後にある、立山さんの歴史からお聞かせください。
岡本:私どものホームページにも挙げておりますが、当社は比較的早くから株式会社組織になっています。
私の曾祖父岡本八平が頭取であった中越銀行から人が派遣され、組織を近代化し今日の姿になった訳ですが、それまでには紆余曲折あったようです。
まず当社は「仙助(せんすけ)」と言う人が、文政13年(1830年)幕府から酒造株を買って始めたことが出発点になります。この仙助さんは苗字帯刀を許されて「新明屋(しんみょうや)」を名乗り財を築いたのです。
ところが当時の造り酒屋は、その財力を持って高利貸しをすることが多くありました。仙助さんも江戸で高利貸しをしていたのですが、取り立てに失敗して自分が夜逃げする羽目になったようです。その後仙助さんの行方はわからず、縁戚の方々が後を引き継いで暫く事業を続けたようです。
明治時代になり、国の発展に酒税が大きな役割を果たすようになりました。たとえば日露戦争の戦費の約1/4は酒税で賄われました。
このころ当社も富山県一の造石高で2,000石を記録し、勢いに乗ってパリ万博に日本酒を出展し、台湾にも支店を出したそうです。
しかし言うならばこれも一種の放漫経営に陥っていたようで、先に申しましたように曾祖父八平が国の要請により会社再建者として乗り込んで家業的体質から脱皮させ、、今日の立山酒造が誕生したわけです。
余談になりますが、同じ頃パリ万博に日本酒を出品した蔵元がいくつかあったんですが、今日では蔵元として残っているのは当社だけだそうです。
神戸:全国の蔵元さんの歴史には、皆いろんな味わい深いお話がありますが、立山さんのお蔵元の歴史には、進取の気質に富んだ富山県の企業に共通の力強さを感じさせられますね。
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