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| <コラム>取材ノート |
偶然、取材担当者は西田さんを約20年前から存じ上げていました。ただし、どちらかと言えば"お父上とのおつき合いでした。
お父上はお目にかかった最初の頃でも、60歳近くになられていたと思いますが、おそらく大正生まれで戦争を経験されており、よく言われる「今の日本人にはない日本人」、凛とした方で、息子さん(昇一さん)にもとても厳しい方でした。
昇一さんと農業についてお話しをしたのは、今回が初めてです。
担当者は「農耕民族は共同体に居ながら、実のところ自分だけは良い思いしたいと抜け駆けをしがちだ」と思っています。
しかしサラリーマン経験者の増加によって農業の世界も「経営と効率化」を縦軸に、「組織と人間関係」横軸とした営農形態に変化しつつあるのも確かです。
西田さんのお話も、そんな流れを感じさせられるものでした。封建的な環境が残る集落組織の中で、圃場整備事業に営農組合の運営にと、これだけ変革させる事の出来るパワーと能力、人柄はそうそう無いと思いました。
そして全体の印象は"公"を第一に考える方だと言うことでした。
その上に営農組合の運営経費の負担を転作田の活用で軽減させる対策が、吉川町では初めの取組の筈で、大変なことが重なっていることは容易に想像できます。
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